夢に向かって歩み続けた人生
佐竹音次郎は、明治から昭和の時代にかけて、身寄りのないこどもたちを救い、家族として生活し、やが
て「保育の父」と呼ばれるようになった人です。音次郎は、1864年今の高知県、土佐国幡多郡生まれ。生家の宮村家
は貧しい農家のため7歳で佐竹家の養子になったけれど、再び実家に帰るという複雑な生い立ちです。しかし、彼は自分の人生は学問にあると考え、勉学にはげみ教師に。さらに猛勉強して医者になり開業、「小児保育院」も設立。
身寄りのない子や事情があって親が育てられない子を預かり、妻の
「くま」と協力して、わが子も共に大家族として育てるのです。
多くの方の支援のもと、中国や台湾にも施設を建設しました。
幡多出身の作者、横山充男さんから「現在の私たちの国や世界を見渡すとき、この佐竹音次郎という人間の生き方を書き残しておきたいという思いから本にいたしました」と、この本が贈られました。
2020年1月25日(安藤厚子)